大を小で流す。

往往にして、大は小で流します。

鳥になろうとした僕と論理的な友人

 僕は論理的に生きる方ではない。未来を見据え、計画を立てて物事を進めるより、感情や直感やイメージに頼って生きてきた。複雑に絡み合った様々な条件をシンプルに繋げ合わすのが苦手で、目的を達成しようと筋道を考えるとき、ちょうど数学の問題がわからないときのように、頭が沸騰して体の内側から熱くなる感覚に陥る。その感覚が一番現れたのは就活の時だ。詳しく書こうとすると長くなるから割愛するが、簡単にまとめると、あの感覚が嫌で、逃げていた。なんとかなるだろう、という甘えを直感と履き違えて、自分のダメな部分を信じた。その結果、なんとかなるはずもなく、にっちもさっちもいかない状況に陥っていた。


 そんなある日、僕は友人Mとショッピングモールを歩いていた。だらだらとくだらない話を連ねながらA棟とB棟を結ぶ木製の橋を渡っているとき、びゅんと強めの風がコートをたなびかせ去っていった。ふと橋の外を眺めると、下にはバイパスに繋がる大きな道路が伸びていて、その先には澄んだ青空が広がっていた。


(鳥になりてぇ)


 僕は思った。これは比喩的な意味ではない。物理的な意味で鳥になって大空を飛びたいということだ。直感的にそう思いついた僕は両腕を広げ波打つように動かし始めた。鳥になった時の為の練習だ。ここで僕が他の「ふと鳥になりたいと思って練習し始めた人」と違うポイントは、無闇に腕をバサバサ動かしていないという点である。僕は想像の中で風を受けている。空を飛んでいる。一般的な鳥になりたい人が腕を棒のように直線にし、空気を叩くように動かすのに対して、僕の腕は空気を撫でるようにしなやかに曲がっているのだ。そして力任せに腕を上下させ続けるのではなく、ときに静止させ、ヨットにおける帆のごとく、風を受け推進力に変換している。さらに、鳥になりたい素人が陥りやすい最大のミスは、腕だけを動かしていることだ。違う。肩甲骨である。ひいては体幹である。野球にしろサッカーにしろ、その他諸々のスポーツにしろ、効率的に最大限の力を伝達するには、その力の出どころまでしっかりと遡って意識しなければならない。腕に最大の力を省エネルギーで伝えるには肩甲骨から動かすことが大事だし、それを維持するには体幹がキチンとしていなければならない。人間や鳥類の体の仕組みなどこれっぽっちも知らない男が「それっぽい」という理由だけで導き出した、究極の「鳥になった時の練習」だ。頭の中で完全に鳥になっている僕は、肩甲骨から両腕をしならせ、腹筋に力を入れながら、橋を着実に歩いていた。


 友人Mはそんな僕を一瞥し「何してんの?」と言った。当然だ。しかし友人Mの良いところは、こんなヘンテコな状況に対しての「何してんの?」に、呆れや戸惑いなどを含めないところだ。むしろ好奇心をも感じさせるほどの純度の高い疑問を放ってきた。だからこそ僕は当然の如く「鳥になった時の練習をしてる」と答えられる。僕は瞬時に編み出した究極の「鳥になった時の練習」を得意げに披露した。きっと友人Mは羨望の眼差しでもって僕を見つめ、その動きに魅了され「俺もその練習するわ!」と宣言するだろうと思った。しかし一向にその声は聞こえない。気になって友人Mの方を見ると、彼は地面を見つめながら首を上下に動かしていた。

 
 僕は「何してんの?」と言った。友人Mは当然の如く「虫をついばむ練習」と言った。「なるほどな!」僕は叫んだ。そして自分の浅はかさに恥ずかしくなった。鳥になって大空を飛ぶことを目的とするならば、最初にすることは羽ばたく練習ではなく、鳥として生命を維持する練習、つまり虫をついばむ練習だ。実際に鳥になった時、僕は友人Mより先に、上手に、美しく空を飛べるかもしれない。しかし、虫をついばむ練習をしてこなかった僕は、なかなか食事にありつけない。次第に痩せ細り、羽ばたくエネルギーもなくなって、待ち受けるのは死だ。一方、友人Mは飛べないながらも確実に餌を見つけては上手についばみ、地を這ってでも生きられる。十分な栄養をとった友人Mは、健康な体で空を飛ぶ練習を始める。最初は階段の一段目から、次は公園のベンチから、その次は自動販売機の上から、とトライアンドエラーを繰り返すだろう。そして上手に飛ぶ鳥を観察してその共通点から理論を抽出し、着実に美しく飛べるようになっていく。


 僕は「空を飛ぶ」という目先の憧れに囚われ、それを目的にしてしまった。鳥は空を飛ぶために生きているのではない。生きる為の手段の一つとして空を飛んでいる。友人Mは瞬時にそれを見抜き、鳥になった時の練習に落とし込んだ。これが、論理的に考えるってことか…。僕は感嘆せざるを得なかった。


 最初に、鳥になりたいことを比喩的な意味ではなく物理的な意味でと書いたが、比喩的な意味でも十分に捉えられる。大きな夢や目標があったとき、はじめに正しいところに目的を設定し、そこから逆算して、今やるべきことを導き出す。あの日の僕は、大学を出てからも正社員にならず、なんとなくの直感を頼りにふらふらしていた。もちろんその中で楽しいことも珍しい体験もたくさんすることができた。しかし、僕は空を飛びたいと思った。その為の第一歩として、やるべきことは就活だった。腹筋に力を入れて、両腕を広げながら歩く僕は、首を地面に向けて上下させる友人Mを見て、社会人になろうと思った。晴天の遠くに雷が鳴った気がした。

 

 

 この稿を書いていて気になった点が一つある。それは、友人Mが「小鳥」になろうとしてないか、という点だ。僕の頭の中では完全にワシやハヤブサなどの猛禽類だった。上昇気流に乗って、遥か上空を優雅に羽ばたき、マッハを超えるスピードでもって他の鳥や哺乳類を捕食する大空のハンターをイメージしていた。一方友人Mは、最初に虫をついばもうとした。地を這う小さな虫で生計を立てるのはもっぱら小鳥だろう。彼は街中でよく見かけるスズメやセキレイになろうとしていたのかもしれない。もしそうであれば話は別だ。僕は小鳥として1年生きながらえるより、1週間でも良いから大空の覇者として君臨し、儚く散る方が良い。まぁ、そういう生き方に美しさを見出してしまうところが、僕の就活を遅らせた原因の一つでもあるのだが。

変われない男と面白くない男

 

俺、禁煙したねん。

 

 

え?

 

 

ん?

 

 

いや「ん?」じゃなくて。吸ってるやん今。

 

 

あぁ、まぁ今日は吸う日やから。

 

 

吸う日がある時点で禁煙できてへんやん。

 

 

確かに今は禁煙してへんよ。だから禁煙「した」ねんって、過去形で言うたやん。

 

 

どういうこと?

 

 

最近ちょっと思うところあってさ、昨日は禁煙したねん。3日前もしたし、5日前もしたかな。

 

 

1日だけで禁煙っていうんか?あと思うところってなんやねん。

 

 

1日でも禁煙は禁煙やろ。やっぱり、人間ってさ、常に成長していくべきやん?

 

 

お、おう、そうやな。

 

 

恥ずかしながら言うけど、自己啓発の本を読んだねん。

 

 

でしょうね。「常に成長していくべきやん?」ていう口振りが良くない自己啓発本読んだ直後の奴のそれやもん。

 

 

茶化すなよ。真面目な話さ、その本に書いてあったんは「何かを新しく始めるには、今までやってたことを一つ辞めなあかん」ってことやねん。

 

 

辞めなあかんの?

 

 

うん、時間は平等やん、みんな24時間。人って忙しくても暇でも何かしらしてるわけよ、んでそれで24時間がパンパンの状態やねん。そこに新しく何か始めようとしても時間の隙間ないやろ?やからたとえばスマホいじるとかテレビ観るとか、習慣的にしてるけど無駄やと思うことを一個でも辞めなあかんねん。

 

 

って書いてたんや。

 

 

そう、書いてた。やから、タバコ、辞めた。

 

 

リズミカルに言わんといて。いや、だから1日だけ辞めても意味ないやん。

 

 

そう思うやん?あの本にはこうも書いてあってん。「小さな成功体験を積み重ねろ」って。で、1日の終わりは「自分を褒めて終われ」って。

 

 

スポットで禁煙するのを成功体験にカウントしてええんかよ。

 

 

1日でも立派な禁煙や。どんなに小さいことでも自分を褒めんねん。でもさ、1日禁煙するだけで自分でもびっくりするくらい達成感あるねん。

 

 

自分を褒めるっていうか、甘えてるだけちゃうか?

 

 

ちゃう、とにかく達成感やねん。俺今、ハマってんねん達成感に。1日禁煙しただけで、タバコ吸いたいなぁ〜より今日は吸わんかった!!ってなる方が大きいねん!

 

 

じゃあずっと辞めといたらええやん。

 

 

アホか!慣れてまうやろ!

 

 

慣れてまうってどういうことよ。

 

 

禁煙の達成感や。1週間とか1ヶ月は確かに達成感も比例して大きくなるやろうけど、禁煙して1年経って、5年経って、10年経ったとき、俺、ずっと達成感感じられてると思うか?思わんな。3年あたりでタバコ辞めてる俺が当たり前になってまうやろ。てことは達成感も何もなくなるってことやないか。俺、タバコ辞めてる俺を当たり前にしたくないねん!!!

 

 

…決まった感出さんとってくれ、決まってへんし、別にかっこよくないぞ。

 

 

ウソやん…。論破したったて思ったのに…。

 

 

アホか。タバコ吸いながら「禁煙したねん」て言い出した時点でそもそも論理が成立してへんねん。

 

 

お前は常識にとらわれとる!頭が錆びとるわ!お前の頭から音すんもん、ギギギィて。あかんわ、脳が回転してへん。お前みたいな奴がおるからな、人類は未だに火星にたどり着けへんねん!油さしたろか?それか、お前の顔面から出る皮脂を手でこそいで脳にすりこんだらええねん、ちょっとは回転良くなるわ!!

 

 

いよいよ何言うてるん?まだ一杯目やで?しかも巨峰カルピスサワーでそんななることある??

 

 

待て、これだけは言わせろ、酔ってはないぞ。

 

 

酔ってる奴が一番言うことや。どうせ本に「常識を疑え」って書いてたんやろ。

 

 

そんなん書いてませんでしたー。「固定観念という名の化け物を倒せ」ですー。

 

 

一緒やないか。お前、言葉だけ読んで分かったつもりなってるだけちゃうか?本質が汲み取れてたら「常識を疑え」って書いてたって思うはずやぞ。

 

 

うるさいなぁ、お前は常識のマシンガンか!そうやって俺を蜂の巣にして殺す気やな?怖いで怖いで、正義を掲げたときの人間は人殺しの目ぇしてんで!お前、今、そんな目ぇやで!!どうせお前は俺みたいな未来のイノベーターに会うなり無慈悲に殺戮してきたんやろなぁ!

 

 

(…俺みたいな?…未来のイノベーター?)そんなにバンバン撃ってるつもりないけど…。どちらかというとお前が撃った弾が跳弾してお前に当たってるだけっていうか…。

 

 

もうええわ、やめてくれ。そうや、あの本には「他人と競っても真の幸せは掴めない」て書いてたわ。俺は俺の道を行く。だから禁煙する為にタバコ吸う!そうやって自己肯定感を高めていくねん、で、ええ感じのスパイラルに突入していくねん、邪魔せんとってくれ。

 

 

邪魔せんとってって…。最初に「禁煙したねん」てドヤってきたのどっちやねん。なんて言うか、曲解がすごいな。自分のええようにしか読んでないやん。まぁお前がそれでええならええんやけど。てか、何かを始める為にも禁煙するんやろ?何か新しく始めようと思ってることあるん?

 

 

うん。タバコ辞めたときにできる隙間の時間って、考えたら5分〜15分くらいやん、それも1日に何回か。そこにうまくハマる新しい習慣をひとつ考えたんや。

 

 

ほぉ、なに始めんの?

 

 

タバコでも始めようかと思って。あ、何か飲む?俺はもっかい巨峰カルピスサワーにするけど。

 

空想芸人図鑑vol.1

 

シテンリキテンサヨウテン

ツッコミの須磨ゲン(24)、ボケの野々村ノ介(24)からなる同級生コンビ。緩急をつけつつ流れるようなボケ・ツッコミの応酬が特徴。元々、高校の軽音部で結成した3ピースバンドだったシテンリキテンサヨウテン。メンバーはシテンの野々村ノ介(Ba)、リキテンの増田王子(Dr)、サヨウテンの須磨ゲン(Gt.Vo)。高校最後の文化祭で演奏とコントを披露したところコントが大ウケ。味をしめた彼らは「平成のドリフターズを目指そう!」とお笑いにも注力し始める。大学に入ると野々村と須磨は軽音サークルと落研サークルを掛け持ち、2年の時には素人ながらM-1にも出場。見事一回戦を突破する。リーダーである野々村はバンドサウンドにもコントにも「厚み」が欲しいと考えて2人の新メンバー、西藤真斗(Gt)と女性の松森梓(Key)を迎え入れる。が、新体制になって間もなく増田と松森が付き合い始める。就活の時期になると増田は「安定した収入を得て梓と暮らしたい。大体コントもそんなに好きじゃないんだよね」と言いスーツを着始め、松森も丁度幼馴染みの結婚式に初めて参加して結婚欲が一時的に急上昇していたのも重なり、2人は脱退する事に。すると西藤が「オレも梓のこと好きだったんだよね。梓が辞めるならオレも辞めるわ。コントしてみて笑いの才能ないのも分かったし」と言い出し脱退。残った2人は就活をせず一年ほど小さなライブハウスで演奏・漫才・コントを披露し続けた。毎回演奏より漫才が盛り上がるため、ライブハウスの支配人の勧めもあって一旦は漫才一本に集中しようと決心し、大手お笑い事務所の養成学校に入学。大学時代の落研やライブハウスで鍛えた地肩で彼らは入学当初から他の生徒を圧倒し大いに目立つ。実際にシテンリキテンサヨウテンがいた年は3ヶ月での退学率が過去最高となった。在学当時から事務所抱え持ちの劇場で若手のトップとして活躍するなど異例の出世を果たし、卒業ライブはお笑い専門誌の全ページ特集や深夜のドキュメンタリー番組がその様子を追った。芸歴2年目でM-1の準決勝まで進出。「来年は間違いなく彼らの年になるだろう」と6年連続M-1二位になり“マンオブザM-1”の異名を持つ中堅芸人、五輪コインの藤枝仏陀は語る。そして翌年、優勝候補筆頭だったLarkgoneを破りM-1を優勝したシテンリキテンサヨウテン。彼らの漫才を観て、東京の大御所、江戸志蘭はインタビューでこう答えた。「彼らの漫才は音楽だね。ボケとツッコミが楽器なんだよな。気持ちいいリズムで思わず聴き入っちゃう。構成も見事でね、イントロでグッと客の心を掴むでしょ。そしたらバース、ブリッジとどんどん盛り上げて期待を高めてコーラスでドカンと爆笑を取る。理想的な構成だよ。今回のネタでいうと、須磨君が『ピタゴラスイッチ考えてる人か!』ていう場面ね、あれは音楽的に言うとハーフディミニッシュコードなんだよね。単独で聴くとちょっと違和感があるかも知れないけど、前後の流れの間でサラッと使われると綺麗に響くんだよ。面白いよ。この前オイラの番組の前説やって貰ったんだよ。楽屋で観ててね。これがまた上手なんだ。ちゃんと客をみて演ってたね。押し付けがましくないんだよな、お客さんと一緒に舞台を作るってのが分かってる。まさにジャズだよ。彼らはお笑いのペンタトニックスケールっつーのを既にいくつも持ってんだよね。若手でジャズができるのってなかなか居ないよな」。ちなみに江戸志蘭も過去にレコードを何枚もリリースしている(代表曲は「君の姿」)。M-1優勝の影響でシテンリキテンサヨウテンの知名度は全国区になる。その頃から彼らを知るようになったファンは、彼らのことを「シテン」と略す。しかし、劇場時代からの古株のファンは「テコ」と略している。その為、彼らのSNSYouTubeでシテンと略しているコメントに対し「正式な略称はテコです。これは彼らが高校生の時組んだバンドの頃からなので公式です。もちろんシテンリキテンサヨウテン(支点力点作用点)は理科で習う『テコの原理』から来ています。当時彼らは3人のバンドで、シテンはベースの野々村君、リキテンは脱退したドラムの増田君、サヨウテンはギターボーカルの須磨君と、担当がありました。なのでシテンと略すと野々村君の事だけを指すので、正式な略称とは相応しくありません。実際に彼らが出ているライブなどで同期やMCの先輩芸人から「テコの2人は…」などと話を振られたりしているのを何回も観ています。」と古参ファンが返信している場面がしばしば見受けられる。最近はお笑いでの活動が安定し始めた為、趣味程度に留めておいたバンド活動を本格的に再開。バンド活動時の名前を"The ShitengRikitengSayouteng"に。ロゴは天狗のシルエットを採用。黄金坊主の妻井やピン芸人の阿南シフト入れます!などがサポートメンバーとして参加している。アーティストとして紅白に出場することを当面の目標にしている。野々村「みんな作為的なものを拒否しているのに、平気で嘘をついて生きている時代だと思います。こんな時代だからこそ、僕らはリアルでいたい。何かを観て笑ったり、感動したり、思わず身体を揺らしたりするのってリアルだと思うんです。一瞬でも考えた跡が見える言葉や行動は信じない。僕は基本的に人間不信だから(笑)僕らのネタで笑ってくれたり、僕らの音楽で涙を流してくれたり、その反応だけを信じたいですね。」須磨「つまりそういうことです。」

 

 

 

タピオカがブームなのは名前に「ピ」が付いているから

 

タピオカって、名前が可愛いじゃん?

 

タピオカの4文字の中でも、特に可愛いのって「ピ」だよね。

「ピ」が付いてたら大抵可愛いじゃん?

 

ピカチューとか………ピ、、ピー、、、まぁあんまり思いつかないケドさ、きっと可愛いじゃん?

 

ナウくてヤングなレディー達がカメラアプリのフィルターをオンにしながらこぞって押し寄せるような、そんな本格的な?タピオカ屋のタピオカミルクティを飲んだことがないからサ、偏見に満ち溢れた意見にはなっちゃうんだけども。

 

 

「タピオカがブームなのって、名前に「ピ」が入ってるからじゃね?」

 

結局そこなんじゃないかなって、思うわけよ。

だってピ以外の文字を一文字ずつ変えてみてもそんなに違和感がないのよ不思議と。

タピトカ・ラピオカ・タピオサ…うん。まぁ全体的に違和感ないじゃない?いやそりゃあ違和感はあるんだけども、元からその名前だと想像したときに、今と変わらず受け入れられそうって気がしない??

 

ところがどすこい、タピオカの「ピ」を変えちゃったらもう全く流行る気がしない感じになるのね、例えば「タニオカ」。もう、谷岡さんじゃん?谷岡おじさんの自家製ミルクティーになるってワケよ。ちょっと想像してみるわ。「タピオカ」が「タニオカ」になったパラレルワールドのコト。

 

 

 

 

 

〜昭和XX年〜

谷岡昭三は東京郊外のS市でしがない和菓子屋を営んでいた。おばあちゃん家の匂いがする純和風の内装で、壁には半紙に墨で書かれたメニューが押しピンで留められ、ガラスケースの中には手作りの和菓子達が並べられている。どこにでもある和菓子屋さんだ。ふすまの奥は畳の部屋になっており、そこをちょっとした喫茶スペースに改装してある。平日のお昼時は、近所に住むオバチャマ達が病気の話に花を咲かせ、夕方には中学生の息子、谷岡彰仁とその友達が少年ジャンプを読んだり、どうしたら童貞を捨てられるかなどヨタ話に興じていた。

 

 

~平成X年~

人は誰でも人生に一度はひょんなことからキャッサバを手に入れる機会があると思うが、昭三の場合、それは彰仁が大学を卒業する頃に訪れた。「申し訳ないけど、こんな古い和菓子屋は継がないよ。俺はもっと時代の最先端を行きたいんだ。家から出勤できるしココに残るからさ、余裕があったら手伝うし…」そう言って彰仁は家業を継がずに東京の大手商社に入社した。昭三は「彰仁にこの和菓子屋を継いでもらうには何か新しい事を考えなければ…」と、ひょんなことから手に入れたキャッサバを見つめながら思った。

 

 

~平成XX年①~

すったもんだの挙句、昭三はキャッサバから毒素を抜き、でんぷんを抽出し、それを粉状にした後、カラメル色素を加え、小さく丸く成形した。漆塗りを彷彿とさせる黒くて光沢のある見た目に、モチモチとした食感とつるんとした喉越し、独特な甘み。それは和菓子のようで和菓子でないような、新しいようでどこか懐かしさもあるような、得も言われぬ感じに仕上がり、昭三は「これは売れるぞ」と確信した。それは彰仁が結婚しお嫁さんが嫁いできて、初孫が産まれた頃だった。昭三は黒くて小さくて丸いその新しい和菓子を、初孫の谷岡アリスにちなんで「アリスの瞳」と命名してショーケースに並べた。

 

~平成XX年②~

アリスは中学生になった。しかし、昭三の期待も虚しく「アリスの瞳」はいつまで経っても売れなかった。アリスの同級生の男子達が「アリスんとこの和菓子屋にハナクソみてーの売ってるよなwww」とアリスをからかった。アリスは男子達の幼稚な言動など全く気にしなかったが、自分の名前が入った和菓子が大好きだったから、おじいちゃんの思いを想像すると悔しい気持ちになるのだった。

 

アリスの中学校では昼休みにパンや紙パックのジュースを頼めるシステムがあった。その他大勢の女子と同様に、彼女はリプトンにハマっていた。ある日、彼女は午後から気分が悪くなって学校を早退した。帰宅してソファに沈んだまま、夕食の時間になっても食欲がわかなかった。というより、固形物を噛む作業が億劫だった。アリスは半分以上残して持って帰っていたリプトンのミルクティーと一緒に、いつものように余っている「アリスの瞳」を流し込んだ。それは偶然の大発見だった。ミルクティーと「アリスの瞳」はとても良く合った。以来、彼女はしばしばミルクティーを買ってきてはコップに移し替え「アリスの瞳」を入れて、スプーンを使って器用に飲んでいた。紙パックの備え付けのストローでは細過ぎて、一緒に口に含むことができなかった。

 

 

〜令和X年①〜

「御機嫌よぅううう♪オニポ子だよーう!んじゃ今日も今日とてやってくんだけども!今日の部活はねぇ〜『冷凍食品を解凍せずにそのまま食べてみる部ぅ〜〜!!』やばーい、あーし知覚がチョーチョー過敏なわけね??ガチでシュミテクトなの。いけっかなこれ〜…いやぁびっくり不安だわ、味うんぬんの前に冷てーのが不安だわ。……」

ティーネイジャーに爆発的な人気を誇る現役大学生オネェ系YouTuber”オニヅカ・ポイズン・タカシ子(通称オニポ子)”は大学生になったアリスの少ない友達の1人だ。タカシ子はアリスを自宅に招待して、投稿動画ができる過程をアリスに紹介していた。

「まぁまぁまぁこんな感じだよね、これ1人でやってるって想像するとアレっしょ??こうみえて結構キツイんだよ〜毎日動画上げるのって、アリスぅ何かネタない?」

「ネタかぁ……ネタになるかは分かんないけど、私の実家がふるーい和菓子屋さんでさ、おじぃちゃんが変な和菓子作ってるんだよ。美味しいのに全然流行ってないからタカシ子PRしてよ!」

「え!いいネタ持ってんじゃんアリスぅ!見たことなくて美味しい和菓子…完全に心の琴線ってやつに触れたよ。バズる予感がする…行くわ。」

 

〜令和X年②〜

オニヅカ・ポイズン・タカシ子の動画〈レトロな和菓子屋で見つけたハナクソみてーな和菓子をミルクティーにぶち込んだらスイーツ界のフロンティア開拓しちまった部〉は再生回数2000万回越えのバズりを見せた。すると流行の匂いを嗅ぎつけた二番煎じYouTuberも次々と「アリスの瞳」に関する同じような動画をアップし始めた。流行は流行を呼ぶ。昭三の和菓子屋には郊外にもかかわらず連日ミルクティーを片手に若者達が訪れるようになった。腰を曲げた昭三は突然の繁盛に困惑しつつ、何だか落語の主人公になった気分だなと思い、滑稽話として話がオチないように老体に鞭を打って謙虚に働いた。

 

彰仁の商社マン人生は順風満帆、上司の期待やプレッシャーを追い風に変え出世コースをぐんぐんと邁進していた。しかし、仕事が出来過ぎるが故に彰仁は力のある大きな組織の一員である今の環境に刺激を感じられなくなっていた。入社した頃から心の内で燻っていた「独立願望」は今、いよいよ活火山のマグマの如くうねり赤く滾っている。お金も人脈も申し分ない、あとはタイミングだけだ!そしてそのタイミングも今だった!よく分からないが何やら継がないと宣言した父の和菓子屋に続々と若者が集まってきているではないか。なになに?よく聞くと、アリスの友達の影響でミルクティーに「アリスの瞳」を入れて食べるのが流行り始めている?「なるほど…」そう独言る彰仁の頭の中には、これから自分がすべき事とそうする事で得られる結果が鮮明に描かれていた。この時もしも彰仁が眼鏡を掛けていれば、その眼鏡はキラリと光りいかにも何か妙案を思いついたことを暗示させる演出が入ったことだろう。

 

あっという間の出来事だった。彰仁は商社マン時代に培った経験と人脈を駆使して、「アリスの瞳」をミルクティーに入れて飲む新感覚の飲み物を『谷岡じぃさんのハナクソミルクティー』と銘打って原宿の竹下通りに専門店をオープンさせた。f:id:walkmanHB:20191013175620j:image今をときめくイラストレーターに依頼したポップグロキュートな名前とロゴは竹下通りでも一際目立ち、店は行列を作った。有名パティシエが監修したミルクティーは、より「アリスの瞳」に合うようにと考えられた。バランスよく口に流し込めるように直径を広く設計した専用ストローは東大阪の町工場に発注した。各メディアにいち早く取り上げられたのも彼の人脈が為せる技だった。そして計画通りに一代ムーブメントを起こした「谷岡じぃさんのハナクソミルクティー」。このミルクティーを飲みに行くことを商品名に因んで「ほじりに行く、ほじる」という若者言葉まで誕生した。インスタグラムで「#ほじった」と検索をかけると、女の子の手に持たれたミルクティーの写真が何十万件もヒットした。瞬く間にニ号店、三号店と出店し、日本津々浦々、大きな駅の周辺に一店は必ず見るようになった。

一方、大人には理解が及んでなかった。若者の飲み物という印象から飲まず嫌いも多く、ニュース番組のコメンテーターなども怪訝な表情でこの社会現象を見ていた。しかしそれも計算の内である。歯に絹着せぬコメントで老若男女から支持を得る女装家の「タケミ・アンビシャス」が、彼の(彼女の?)冠番組「タケミがまだ見ぬ界隈」で特集されたハナクソミルクティーを飲んで「これは、良いわね。小腹満たすのにも良いからオフィスとかでも良さそうだし、今はブームだけど定着するわよきっと。これは一つの新しい食文化になる。」と言い放ち、若者達のブームが落ち着いた頃には交代するように大人世代達が買い求めるようになった。

 

「アリスの瞳」を生み出した谷岡昭三の自伝本はベストセラーとなり、映画化もされ大ヒット。アリスはちゃっかりオニポ子のYouTubeチャンネルのレギュラーとなり今なお若者に影響を与え続けている。彰仁はこの事業はもうやり切ったと思い、知り合いに譲り、今度は宇宙だと天啓を受け投資したロケットで宇宙に行こうと目論んでいる。「谷岡じぃさんのハナクソミルクティー」は一過性のブームではなく、日本の食文化の一つとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

流行ったわ。やっぱ、実力があるものは売れるんだわ。どの世界でも。

 

 

※ちびちび書きすぎて投稿した時にはタピオカのブーム収まってるやんっていう指摘はやめてね

 

タバコにまつわるエトセトラ①

 

 

 

駅前の立食い蕎麦屋の海老天のように申し訳程度の事実を過分な衣で覆った、タバコに関する物語をひとつ。

 

 

 

大学生の頃、サークルの先輩にとにかく胡散臭いヤツがいた。SNSのプロフィール欄でイキるようなヤツだった。friend/positive/sports/photo/drive…詳しくは覚えていないが好きな単語を英語にしてスラッシュで分けて羅列するスタイルのプロフィール欄で、たしか一番最後は・・・/上昇志向、で終わっていた。英語で統一しろよと思ったけれど、細かいことなどどうでもいいのだろうと普段の振舞いからも察する事ができた。

 

ワックスのつけ方だけ妙にうまくて、いつも毛先をツンツンさせながら、写真に写るときは顎を少し上げ顔を少し斜めにし目を細めて口を尖らせるようなヤツだった。「オレバリポジティブやで」といつも明るかったが実際は何も考えていないだけで、2回留年した後に「大阪狭いわ」と言い残して中退し、東京へ去った。そんな胡散臭い先輩Sだが、彼は何故か僕を気に入っていた。

 

僕が就活で東京に行く機会があった時、Sがどこから嗅ぎ付けたのか「東京来るなら会お!泊めるよ!」と連絡をしてきた。迷ったけれどホテル代が浮く事は大きかったから、仕方なく会う事にした。大学の時から僕が唯一損得だけで会う会わないを決めているのに、知ってか知らずかSは何かにつけて僕を誘ってくるのだった。珍しく大阪に雪が降った日、そこまで積もってもいないのに「雪合戦しよや!」と誘ってきたり。

 

1日目の夕方、渋谷のカフェのテラス席で再会したSは曇天の中サングラスを掛けてタバコを吸っていた。「東京の空気とタバコって合うじゃん?ヤニカスだよマジで。うめー。やめらんねー」と言いながらアメスピのメンソールの1ミリを吹かしていた。どうやらSはタバコ吸っているのがカッコイイと思っていて、そんなタバコを吸っているカッコイイ自分をアピールしたいようだった。東京の空気とタバコが合うというのもよく分からなかったが、例えばSが好きなロックバンドのボーカルがライブのMCで言ったとか、何となくそれっぽくてツウぶれるとSが判断してどこかから仕入れた受け売りの言葉なんだろうなぁと思った。それと完全に標準語になっているのも鼻に付いたが、その感覚に懐かしさすら感じた。ミーハーで使う言葉も無意識にコロコロ変えていくのがSの変わらない部分である。

 

Sは「お前も一本吸う?」とタバコを差し出してきた。僕は大学の友達やバイト先の先輩からよく貰いタバコをしていたので、その提案をありがたく受け取った。1ミリのメンソールを吸うのは初めてだったが、僕の口には合わなかった。大量の水で薄めて薄めて作った粉のポカリスエットを飲んだ時のような決まりの悪さで、吐き出される女々しくて貧相な煙と、吸っても吸ってもなくならないアメスピに苛々した。Sはミルクと砂糖をたんまり入れたコーヒー風味の飲み物を飲み干すと、前触れもなく「クラブ行かね?」と誘ってきた。お前に東京の遊び方を教えてやるよ、Sの表情がそう語っていた。

 

僕は行きたくなかったが「奢ってやるから」と言うので、例によって損得を勘定した結果、人生で初めてクラブに行くことになった。Sは謎に気前の良い部分があり、それがかえって胡散臭さの一因になっている。

 

連れて行かれたクラブは恐らく渋谷で一番安くて狭くて汚なかった。そして何かから隠すように暗い店内。流行りのEDMの爆音、その重低音が一定のリズムで身体の奥に響き、心臓の代わりに脈を打つようだった。埃っぽい空気の中を音楽に合わせて青や黄色の閃光がほとばしる。汗とアルコールとタバコの匂いが嗅覚を支配する狭いハコの中で、身をよじって踊り狂うのは人間ではなく動物のオスとメスだった。溢れたお酒でベトベトになった床に一歩踏み入れた瞬間から僕は後悔をしていた。冷徹で過剰な自意識が僕に「ノる」という恥ずべき行為を許さなかった。

 

Sは縦に揺れ顎でリズムを取りつつスミノフを半分飲んだところで顔を真っ赤にして下品に笑っている。その笑顔を見て、僕は置いて行かれたと思った。通勤列車のような人口密度の中で僕は1人ぼっちになった。酔ったSは適当な女を見つけたのか、吸いかけのタバコを無言で僕に渡し人を掻き分けて消えた。タバコを渡された意味が分からなかった。でも音楽にノれない僕は、かと言って「クラブに来てノれないヤツ」と思われるのも耐えられなかった。その逃げ道にタバコは丁度良かった。「お酒を飲んでタバコを吸ってるヤツ」はクラブにいてもおかしくない。僕はそのタバコを吸うしかなかった。

 

 

しかし、僕はタバコを吸おうと口をつけた瞬間、思わずそれを灰皿に投げ捨てた。フィルターがベチョベチョだったのだ。ぬるぬるの両生類を生きたまま咥えるくらい気持ちが悪かった。僕は人混みを押し退けトイレに駆け込み、お酒で口をゆすいだ。そしてそのまま店を後にし、坂の上にあるカプヘルホテルに泊まった。Sとはそれ以来会っていない。

 

 

半年後、僕は数年ぶりに虫歯になった。僕はあの時のSのベチョベチョのタバコのせいだと思っている。

 

 

 

 

悪知恵 料理教室 珍道中

 

 

友人Yは僕に言った。

「料理教室の体験行かへん?」

「ええよ」

僕は料理教室に通う気なんて無かったし、そもそもお金が無いから通いたくても通えない状況なのだけれど、お金が無いから自炊しているし、体験でもちょっとした料理のコツくらい-ーたとえば野菜の切り方とか、調味料のタイミングとかーー掴めたらラッキーで、それと安い食材の顔ぶれは殆ど同じで、だから、日々、その安い、代わり映えしない食材達を炒めて、調味料の力で和風にしたり洋風にしたり中華風にしたりインド風にしたりする食事にちょうど飽き飽きしていたから、そしてまぁ基本的に誘われたら行くっていうのをモットーにしているから、体験に行くことにした。

 

 

一人暮らしを始めたと同時に、初めが肝心、と意気込んで、自炊も始めた。人はみな、新しく買ったノートの最初の数ページは丁寧に字を書くように、自炊を始めて数日は無駄に凝った料理をするもので、僕も例に漏れず、レタスを豚バラで巻いてみたり、ピーマンに肉を詰めてみたり、具沢山のお味噌汁を作ってみたりしていた。でもそんな鼻息の荒い料理を毎日作っていると気付くのである、割りに合わんと。時間が掛かって仕方ないし、洗い物が増えて煩わしいし、めんどくさい。一人暮らしでお金が無い男の実生活が、一つまた一つと非合理性を矯正させ、一汁三菜は見事に一菜のみとなり、その一菜の食材も安い肉と安い野菜を炒めただけのヤツになった。

 

 

お米に関しては、バイト時代の後輩Nさんのお爺さん、いやご祖父様がお米農家らしく、「お米欲しかったら言うてくださいね」というN様の言葉を真に受けて、厚かましくも、お米を無料で頂いたので、毎日、白米がたらふく食べられるだけで幸せだよ、と時代錯誤な感想を抱きながら満足している。

 

 

毎日お腹いっぱい食べられているから、この上ないけれど、やっぱり欲を言えば、たまには違った趣向のオカズが良い。今回の料理教室体験で、何かヒントでも掴んで帰りたい。そう思っていたら、Yからラインが入って、みてみると、

 

 

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「はじめてのじゃがバタ・ブレッド予約しといたで」

 

 

じゃがバタ・ブレッド!?パン作り!?

 

まさかパン作りとは思っていなかった。じゃがバタ・ブレッドを作る過程に、一人暮らしでお金が無い男が自炊する時のヒントはない思い、僕は正直に返した。

 

「もっと役立つ料理が良かった」

 

 

「体験やから選べる料理限られてるねん」

Yは真顔でこう送って来たけれど、限られてるにしても、じゃがバタ・ブレッドはさすがに最初で最後が過ぎるから考えなおしてもらった。僕が求めているのは、料理のいろはであってちりぬるをではない。煮物の基本とか、そういうのが欲しい。数時間後、Yは再びラインを送ってきた。

 

 

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 「<はじめての方限定>ふわふわティラミスケーキに変更しといたで」

 

 

ふわふわティラミスケーキ!?ティラミス!?変更しといたでやなしに、グーやなしに。もっと役立つ料理が良いとちゃんと伝えたはずだ。パンがダメならケーキはもっとダメだということは火を見るよりも明らかである。ラインがバグって、もっと甘いやつが良いに変換されたとしか思えない。

 

 

こんなところでボケは要らないゾとYにビシッと言ってやろうかと息巻いていると、彼はただボケの為に選んだのじゃなくて、正当な理由があると言ってきた。聞いてやろうじゃないかと、体験の僅かな時間で少しでも今後の為になることを学ぼうとしているこの僕を、論破できるものならやってみろと。

 

 

 

 

Y「そもそも一回くらい体験したところで料理が上手くなるわけじゃない。目的はそこじゃないねん。一緒に体験した女の子と仲良くなるのが目的やねん」

 

僕「ふわふわティラミスケーキにしよ。ふわふわティラミスケーキが良い」

 

 

一瞬の出来事だった。気持ちの良い論破だった。目からティラミス。その発想は、なかった。僕とYの下心はガッチリと、それはもう熱い熱い握手を交わした。正当な理由かと問われると閉口するが、この際、それが正当な理由かそうじゃないかなんて、関係ない。

 

 

「『社会人 出会い』で検索したら上から4つ目くらいに料理教室って出てきて、なるほど!て思って」ニヤニヤと語るYは、既に別の料理教室に一人で乗り込み、パン作りを体験済みだった。コイツただ者ではない、と思ったが、考えてみると、料理という共通目的があって距離が縮まりやすいだろうし、料理上手になろうと思って行動に移した女性と出会える、誰かの為にティラミスを作っちゃうような可愛らしい、未来の料理上手を青田買いできるのだ、なるほど、悪くない。

 

 

舞台は[ABC cooking studio]。Y曰く、全国に教室を持つ最大手の料理教室で、その生徒数・若い女性の割合も他の追随を許さないらしい。若い女性と出会うならABCで間違いないゼと鼻高々なYのこの前のめりな姿勢に、僕は感謝しかなかった。当日、2人は意気揚々と教室に向かう。

 

 

教室に入ると、そこは想像以上に女の園であった。エプロン姿の様々な女性が炒めたり、煮たり、パン生地をこねたり。清潔で開放的なキッチンスタジオ、暖色の照明、何より真剣に料理に取り組む眼差しや姿勢が、彼女たちをより美しく演出していた。この中のどなたと一緒にティラミス体験する事になるんだろう…

「俺がボウルを抑えておくから、キミは思いっきり混ぜなッ キラッ」

「おいおい、ほっぺにクリームが付いてるじゃないか、ほらッ キラリンッ」

「さっすが女の子、トッピングちょー上手いじゃんッ キラッ」

シミュレーションは完璧、人の皮を被せた下心が、今か今かとその時を待つ。

 

 

 

「本日担当させていただきます、Mです、どうぞこちらへ」

担当のお姉さんに案内されキッチンに立つと、アレレ、材料がどう見ても2人分しか用意されていない。

「では早速、始めていきましょうか!」

早速始まっちゃうの?男2人で?ティラミス体験が?

「このボウルに卵を3つ割ってくださいね〜」

確実に始まっちゃってる、男2人のティラミス体験が。グループでの体験じゃなかった。僕らの夢は早々に、ものの見事に打ち砕かれた。

 

「今回は何で体験に来てくれたんですか?」

 

「……」

少しの間が空いて、

Y「あの、2人とも一人暮らししてて、料理上手になったら良いなぁって」

 

「そうなんですね!…あれ、でも今日は料理じゃなくてケーキなんですか?」

 

絵に描いたようなギクッが心臓から聞こえた。言えないよ、ケーキの方が若くて可愛い女の子と出会えるかなと思って、なんて言えないよ…

 

Y「…あの、料理教室イロイロ回ってて、この前はパン作りを体験したし、まぁ単純にケーキ作ってみたいなって言うのもあって…」

 

「なるほど〜、最近は結構 男性同士で受けてる人も多いんですよ〜」

 

セ、セーフ?それにしても侮れぬお姉さんだ。愛想良く話を回しながらしっかり営業トークも挟んでくる。

 

「あと、出会いにもなりますしね。あ、ココで出会って結婚した方もいらっしゃるんですよ!」

 

お姉さん、さっきからなんか鋭くないですか、もしかして僕達の下心が見透かされている?見透かした上で、可愛い女の子と出会いたいなら体験じゃなくて、ちゃんとお金払って通わんかい、と釘を刺してきている?僕らは察されまいと、ティラミス作りを楽しみながら、お姉さんを意識していつもより多めにボケたりツッコんだりしていた。あんまりウケることはなかった。お姉さんの指示に従っていると、アレよアレよとティラミスが出来上がった。

 

 

 

完成したティラミスを持ち帰って食べた。何だかヤケにクリームの酸味が強かった。

 

 

 

 

わたしとバレンタインデー

今週のお題「わたしとバレンタインデー」

 

真っ白なスケッチブックを渡されて、先生から「りんごの絵を描きなさい」と言われれば、りんごの果実を描いたり、その断面を描いたり、木に成っているりんごを描いたり、調理されたりんごを描いたりと、色々なパターンを考えて描きやすいものです。しかし、先生から「何でもいいから自由に描きなさい」と言われれば、何を描きましょうか。何だっていいのです。例えば昆布でもいい、武器でもいい、キャベツ、月、キャビンアテンダント徳井義実ミニストップ、プ?プね、プ…プー、、プーさん!…あ、あぁあ〜。

 

いや、言いたいことは、自由って困るってことです。まさにこのブログもそんな感じです。誰に言われるでもなく勝手に始めて、書く内容も一貫したテーマを決めているわけではない、全くの自由です。四方八方窓のない真っ白な壁の部屋にぶち込まれ、真っ白なスケッチブックと鉛筆だけ渡されているのです。ただ、ぶち込まれたのも自分ですが、ぶち込んだのもまた自分なのです。嫌なら辞めればいい、そう思うでしょうが、これがややこしい事に、嫌なわけでもないのです。だって、数少ない読者のアナタが、ブログ待ってるからねって、楽しみにしてるからねって、頑張っているからねって、強くなるからねって、君も見ているだろ、この消えそうな三日月、繋がっているからねって、愛してるからねって、そんな風に歌ってくれてるような気がするんだもの。

 

 

 

 

つまり、とどのつまり、要するに、まとめると、簡潔に言うと、in other words, The point is,

 

 

 

 

「「更新したいケド…書くことなーい!」」

 

 

 

そゆことです。真っ白なスケッチブックがどうとかツラツラ500字くらい使ってほざいてみたけど、4文字で言うと「ネタねぇ」です。この場合「ぇ」はちっさい「え」だから、3.5文字としても良いですか?え、良いんですか!?あざぁす!言ってみるもんだなぁ!…まぁネタがないことをネタにしろっていう、よくあるその場しのぎでもあります。

 

 

恐らく、勢いで始めたは良いが、早々にネタが尽きて途方に暮れている僕のような人間が、他にも沢山いらっしゃるのでしよう。はてなブログは、それを見越して、「今週のお題」たるものを用意してくれていました。なんたる先見の明でしょう。さすがは、はてなブログ。真っ白なスケッチブック機能と、先生のりんごを描きなさい機能をあらかじめ用意してくださっていたのです。

 

 

 

ここは一つ、お題を頂戴する事にしましょう。さ〜て、今週のお題は〜??

 

 

 

 

 

「わたしとバレンタインデー」

 

 

 

 

 

 

 

ほぉ。はいはい、なるほど。2/14も近いですしね。バレンタイン、いいんじゃないですか?うん………。

 

 

 

 

 

 

「ネタねぇ!!!!」

 

 

 

 

 

 

思わず魂の3.5文字が部屋にとどろきました。先生!芋くさい非モテ学生生活を送ってきた僕に、バレンタインに関する甘くて酸っぱいエピソードなどあるはずないでしょう!!まさかお題を貰ってまで書くことがないとは思いませんでした!

 

 

 

靴箱に、机の中に、放課後呼び出されて…みたいな「王道甘酸っぱイチゴチョコエピソード」もなく、いっぱい貰うの分かってたんで学校に紙袋持っていってましたね…みたいな「濃厚ミルクチョコエピソード」もなく、かと言って、本命なんてもってのほか、みんなに渡されるはずの義理チョコすら貰えませんでした…みたいな「カカオ92%本格ビターチョコエピソード」もありませんでした。

 

 

 

本命はないけど義理は貰える、という有象無象の「ほろ苦母からちょっとええチョコエピソード」しかありません。そして言わずもがな、今年のバレンタインも本命を貰える気配はありません。

 

 

 

書くほどの事じゃありませんが、バレンタインに関して一つ思い出したのは、小学校の4.5年の2/14です。

 

 

今までチョコを貰った事が無かった当時の僕は、バレンタインに関心が薄く、その日がバレンタインである事も完全に忘れていました。いつものように登校すると、机の中のお道具箱に、小さいチョコが、ちょ…ちょ、ちょこんと(チョコだけにね!!!!!!!…ええ、もちろん迷いました)置いてあったのです。お道具箱からチョコレートは、棚から牡丹餅だったので大いに喜びました。朝礼で先生が言いました。今日、男の子の机の中にチョコレートがありますが、欲しいですか?と。内心嬉しいけど「別にいらんし」と言いたげな表情でいるその他の男子をよそに、まだバレンタインだと気付いていない僕は立ち上がって、手を高らかにつき挙げ「欲しい!欲しい!めっちゃ嬉しい!」と叫んだのです。買ってくれた女子達は思ったでしょう。ーーコイツ、義理チョコごときでこんなに喜んでやがる…!!ーー

小さくて四角いチョコが個別包装されていて、1パック2.30個くらい入ってて数百円の、あのチョコのたった1個で、狂喜乱舞する少年に女子達は戦慄したかも知れません。

 

その日帰宅して、母にチョコレートを貰ったとき、バレンタインだと気付いた僕は、朝の自分の振る舞いに赤面し顔を歪ませたのでした。

 

 

 

この記事の第一段落ですが、りんご→昆布から始まってるのは気付きましたか?