大を小で流す。

往往にして、大は小で流します。

僕が怒られる理由

 

僕の母はとてもよく怒る。よく怒る。怒る。もう、すんごい怒る。果てしなく怒る。常に怒っている。常に起こっている最中に怒る。怒りまくりまくる。人の形をしたガスだ。常人の肉眼では確認できないレベルの小さな火種すらも見逃さず、たちまち引火&Bomb。たとえばトイレのドアが少し開いていただけで怒る。たとえばお気に入りの熱帯魚が死んで怒る。何故僕はこんなにも怒られているのだろう。そんな疑問が浮かんでやまない。

 

父に怒る。当然僕にも怒る。そして母の怒りの矛先は、人間だけではない。夏の暑さに怒る。夏はそう言う意味で危険な季節だ。何かに対して母が怒る、母の体温は跳ね上がり、その勢いで夏に怒る、怒りやすくなった母は次の何かに怒る、体温が上がる、夏に怒る、何かに怒る、体温が上がる、夏に怒る、怒る、上がる、怒る、、怒りのスパイラルに突入する。カンカンに怒り狂った母の体温によって周りの空気が膨張し、上昇気流を発生させ、光が屈折し、陽炎となり、母とその周りがゆらゆらとして見える。

 

 

母の怒りエネルギーを電力に変換すると、我が家の電気代は0になる。それどころか余った電気を電力会社に売って一儲けできるに違いない。いや、関西圏の電力は全てまかなえそうだ。そういう意味で、母は太陽だ。歩く発電所だ。

 

 

母は物心ついた頃から怒っている。褒められた記憶より、怒られた記憶の方が圧倒的に多い。つまり、母は我々と同じレベルの食事をしているにも関わらず、少なくとも僕が生まれてから約20年間、発電し続けているということになる。そしてどうせ、僕が生まれる前から母は怒っている。約4,50年だ。さらにどうせ、これからも怒り続ける。その総年数、実に約80年かそれ以上だ。

 

 

福島第一原発の事故から、原発が運転できる期間は40年になっている。しかし母はその倍の年数だ。原発より高効率でいながら、ノーリスク、そして非常に安定している。いや、安定しているとは少し違うかもしれない。母はよく爆発する。しかしいくら爆発したところで、放射性物質を撒き散らすことはない。半径1メートルの範囲にいたとしてもゼロミリシーベルトだ。

 

 

母は、太陽でありながら、哺乳類でもある。当然呼吸をし、CO2を吐く。しかし、原発と同程度の発電レベルを持ちながら、吐きだすCO2は我々と大差はなく、地球環境にも優しい。

 

 

これまでの話をまとめると、母は、平均的な日本人の生活をしているだけで、原発を凌ぐ発電力を安定して持ち、万が一にも生態系に影響を与えず、生きている限りそのエネルギーが尽きることがない。

 

 

 

す、すごいぞマイマム!何だかよくわからないけど、とにかくすごいぞマイマム!

 

 

 

 

全ての再生可能エネルギー研究者に今すぐレポートを送るべきだ。太陽光?風力?波力・潮力?流水・潮汐?地熱?バイオマス?違う。

 

 

 

次に来るクリーンエネルギーは「」だ。「怒れる母発電」だ。他の家庭にも怒れる母がいるかもしれない。未だ少女ながら怒り散らしている「怒れる母予備軍」もいるかもしれない。いや、絶対にいる!何をやっているんだ日本政府よ!早く探し出せ!そして次の東京オリンピックで消費するだろう莫大な電気を、ニッポンの母でまかなうんだ!目指せ!トーキョーニーゼロニーゼロ!!

 

 

 

あぁ、世界はまた、日本の技術に目を見開くだろう。「アングリーマザー」という、前代未聞のインフラストラクチャーに驚愕し、視察団の行列が絶えないことでしょう。ジャパンアズナンバーワンの再来だ。

 

 

 

…なぜ「母」なのか、「父」ではダメなのか。結論から言おう、ダメだ。これは差別でもなんでもない。生物学的観点からみて、「母」ひいては「女性」にしかできないことがあるからだ。それは、怒りが連鎖する、ということである。男は目の前の事にしか怒ることはできない。しかし、女性の怒りは連鎖する。怒っている最中に、過去の怒りを思い出すのだ。「そういえば怒り」と呼ばれているその現象は怒りのボルテージを最大限に引き上げ、持続させる。そういう脳の仕組みが、発電につながるのだ。

 

 

この「怒れる母発電」の登場により、日本の女性の社会的地位に関する諸問題は一気に解決に向かう。女性は、現代人にとって不可欠なライフラインである電気を生み出し得る。この事実の前に、家庭内での父の立場はさらに下がる。社会的にも、男性の地位が低くなり、逆転現象が起きる。

 

 

 

すると、完全無欠と思われていた「怒れる母発電」にひとつの欠点が見つかる。「怒れる母」を持つ家庭に、ストレスが蔓延するということだ。怒られるということは、とてもストレスが溜まることだ。いくら自分が悪くてもだ。自分が悪くて怒られてもストレスなのに、理不尽に怒られることもしょっちゅうある。ハンパないストレスだ。母は異様に口が達者で、どうやっても口で勝つことなどできやしない。そのもどかしさにストレスが溜まる。さらに、何かに怒っているのを聞くだけでもストレスが溜まる。玄関開けたら怒っている。朝起きたら怒っている。そしてついでに怒られる。

 

 

しかし、現時点で「怒れる母発電」はうちの家庭でしかなし得ない。僕は怒られる。そう決意した。

 

何故僕はこんなにも怒られているのだろう。

その問いに、僕はこう答える。

 

 

「関西人の生活のためさ…」