大を小で流す。

往往にして、大は小で流します。

もみあげのアイツ

 

錆びたチェーンの自転車をキリキリと漕いで登校していると、ヤツは後ろから颯爽と僕を抜かし去る。その瞬間、目の前に現れるのはヤツのケツだ。ヤツが右のペダルを踏み込むとヤツのケツは右に下がる。そして左に踏み込むために一度ヤツのケツは左に向かって上がり、ヤツが左のペダルを踏み込むなり、ヤツのケツは、やはり左に下がる。ヤツは立ち漕ぎをしている。ヤツのケツは、「∞」を描くように上下左右する。

 

通学路は高校に向かって緩やかな上り坂になっていて、最寄り駅からの約1kmは傾斜が増して本格的な上り坂になる。そのラスト1kmでヤツは僕を抜き去っていく。∞に動くケツが僕を嘲笑いながら遠ざかる。

 

 

ヤツの名前は分からない。ただ、自転車に貼る高校のシールは同じ色。つまり同学年。ヤツは、だぼだぼの学ランを着ている。身長の伸びを期待して大きめのを買ったのだろうが、そんな期待も虚しく萌え袖状態になっている。猿顔イケメンピラミッドがあるとすれば、その頂点に君臨するのがV6の岡田君だが、ヤツはその最下層にいる。そして何より、ヤツはもみあげがすごい。僕は心の中でヤツをもみあげと呼んでいた。ヤツのもみあげは心の中でもみあげと呼ばせるほどのもみあげだった。味海苔だ。ヤツのもみあげは味海苔だ。焼き海苔ではない。味海苔の味の部分ゆえの光沢を彷彿とさせるもみあげなのだ。

 

 

夏。外にいるだけで、目を細めなければならないほど燦々の日射がアスファルトを熱し、街路樹からは盛りのついた蝉達の雄叫びが絶え間なく降り注ぐ夏の朝。僕ができるだけ汗をかかないように、なるべく脚に力を入れず、ゆっくり自分のペースで登校していると、例の如くもみあげが僕を抜かす。もみあげが僕を意識しているのかは定かでは無い。しかし、僕はもみあげを意識している。その時点で「もみあげが上で僕が下」という立場ができあがっている気がして、腹が立つ。絶対に抜かし返してやる。僕は3か4で安定させている自転車のギアを、一気に6まで上げてスピードを出す。しかし、6のギアはスピードが出る分、重くて足に負担が掛かる。さらにゴールまではずっと登り坂。しんどい。めちゃくちゃしんどい。でも負けるわけにはいかない。何故なら、、、。何故なら、、、いや、特に理由はかった。ただ、何かムカつくからである!

 

 

僕には当時、登校における美学があった。坂の上にある高校だから、自転車通学の中でも電動自転車率が高かった。しかし女子は良いにしても、男子が電チャに乗るなんて論外。男子たるもの電気に頼らず自分の力で登らんかい。そう思っていた。そして、こっちの方が重要なのだが、どんなに坂が辛くても立ち漕ぎはしないというもの。「別にええやん」大半の方はそう思うかもしれない。僕も今「別にええやん」と思っている。ただ、当時の僕は思ってしまった。「登り坂やからって、必死に立ち漕ぎするのダサくね?」と。尖っていた。訳の分からぬ尖り方をしていた。※女子の立ち漕ぎはそれはもちろん大歓迎だった。立ち漕げよ!と思っていた。立ち漕げよ!と思いながら、その瞬間に強めの風吹けよ!と念じていた。

 

 

 

もみあげは常に立ち漕ぎだった。そのもみあげを結果的に、僕は全勝負座り漕ぎで抜き返してやった。その時の僕は、白鳥であった。湖面をすぅーっと優雅に進む白鳥も水面下では必死に足を動かしている。「立ち漕ぎ禁止」という謎の美学に縛られた僕は、必死に座り漕ぎをしながら、もみあげを抜かす時には、決して必死感を出さない。澄ました顔で抜かす。脚は乳酸でパンパン。でも顔は軽井沢。

 

 

 

毎朝、そんなどうでもいい戦いに勝利し続けてやがて年が明け、年度が変わり、僕は3年生になった。大きく文系・理系でクラスが分けられているから、クラス替えといっても顔ぶれは大きくは変わらなかった。しかし、前の方の席に

見覚えのあるシルエットが。まさかと思い、目を凝らすと、やっぱりそうだ。そこには、もみあげがいた。

 

「あー、さっきの!」「お、お前!!」

みたいな少女マンガの恋の始まり的な展開になるはずもなく。僕はしばらくもみあげを見ていた。

 

どうだろう、皆さんはここから話はどう展開していくと思いますか。

 

 

僕がもみあげに「朝、よく俺のこと抜かすよな」とか「実は意識してたんだぜ」的な告白をして、一気に友情が深まるが、やはり朝は抜かしてくるので、お互いに切磋琢磨してめちゃくちゃ体力がつくパターン。

 

 

昼休みにもみあげが本を読んでいて、気になった僕が話しかけると意気投合し、一緒に登校するだけでなく、一緒に下校もするようになるパターン。

 

 

実はもみあげは念じただけで黒板の文字を消せる能力者で、かくいう僕も念じると指の間に水かきができて結構速く泳げる能力者だったから、能力者同士引き合って、2人で協力して魔界に通ずる井戸(略してまいど)から出現した妖怪を元の姿に戻して校長から感謝として(おおきにスタンプ)を貰うパターン。

 

 

など考え得るパターンは無数にある。が、結論を言うと、もみあげの苗字が池上だったから、当時よくテレビに出ていた池上彰からとって、アキラと呼ばれていたけど、特に話したことはないパターンである。アキラは、無口だった。

 

 

アキラ、元気にしてるかなぁ。