大を小で流す。

往往にして、大は小で流します。

運命の出会いは突然にand...

 

お金がない。数百円、数十円の電車賃を浮かす為に大抵の移動は自転車にする。消費期限ギリギリの割引された食パンを買うから絶対に消費期限が過ぎるけれど、カビさえ生えていなければもちろん食べる。クリスマスパーティーに誘われたけれど、交換用の3000円程度のプレゼント代が痛くて買えず、司会に徹した。お金がない。その事実は心を蝕む。焦燥や不安がじわじわと心に穴を開け、その穴を埋める愛のようなものもない。恋人がいない。寒風が心の隙間に吹き荒び、潤いや質量を奪い去ってゆく。いっそこのまま風が吹き続いて、心から一縷の水分をも残こすことなく、スカスカのカサカサになって、ついには風に抗う力さえなくして、大空をたゆたいながらどこか遠くに飛ばされてしまいたい。どこか…まぁどこかというか、ハワイかバリかグァムか、少なくとも沖縄か、常夏の白く輝くビーチに舞い降りて、寄せて返すエメラルドグリーンの波に打たれて少しずつ心に弾力を取り戻して、たまたま観光に来ていた日本人の美人グループ(グループでなくても良い)と仲良くなって、ひとしきりエンジョイした後、一緒に帰りたい。

 

 

 

 

お金が欲しいとはあまり思わないが、クリスマスに交換用のプレゼントを買う3000円の余裕くらいは欲しい。数百円の日用品をいちいちコレは今必要か?と吟味せずに買える余裕くらいは欲しい。そして単純にそろそろ恋人が欲しい。

 

 

もちろんお金も恋人も、手に入る見通しなど皆無だ。しかしこの状況が長く続くのはやはり辛い。何か、解決策はないだろうか。考えた結果、ひとつだけあった。

 

 

 

 

 

 

 

養鶏だ。

 

 

 

ニワトリを養うのだ。苦肉ど真ん中の策ではあるが、考えてみて欲しい。

 

まず卵が手に入るのが大きい。卵は完全栄養食品の代表。しかも、自炊の9割が炒め物の僕にとっては最高だ。一食で食べるには多いけど、二食に分けるには少ない、みたいな微妙な量ができた時、一食目で多めに食べて、二食目は余ったそれを卵で綴じる。すると、見事にカサは増え、おまけに全ての炒め物は丼になる。丼になると洗い物も減るしサッと食べられる。ゆで卵にすると小腹を満たすにも丁度良いし、天然のプロテインにもなり得る。そんな卵が無料で手に入るのはありがたい。

 

そして、ニワトリは生き物である。つまり、ペットになる。もう名前も用意している。トリ太郎だ。恋人の代替案がニワトリとは、少し違うような気もするが、まぁ、動くし、愛情を注げば癒しにならないこともないだろう。本能で動くトリ太郎に対して、人間のエゴで勝手に感情を想像して「腹が減ったか?寒いのか?そうかそうか」と以心伝心した気になってご満悦するのだ。

 

早速インターネットで検索しよう。

「賃貸 ニワトリ ベランダ」

 

こちらがベストアンサーに選ばれていた答えだ。

 

まずは、そのマンションの規約を確認するか、自治会の会則を確認して見て下さい。
私のマンションでは、自治会に申請をしてそれが認可されないとペットは買えません。

恐らく、ニワトリは鳴き声が近所迷惑になる可能性が大きいので、買うことは許可されないと思います。

個人的には、ニワトリの維持費や、防音対策などを考えるより、近隣で新鮮な卵を売ってくれる場所を探すほうが、安上がりな気がします。

 

なるほど。どうやら無理そうだ。そうか、無理か…。そうだよな。はは。再び前途が閉ざされた。あぁ、まだ見ぬトリ太郎よ。僕は浅はかだったよ。

 

 

 

お金がなくて、恋人がいなくて、寂しくても侘しくても、お腹が空く。例の如くもやしと何か安いものを炒めようと近くの激安スーパーに向かった。もやしまで一直線に向かう途中、目の端で一際輝く野菜を見つけた。それは「豆苗」だった。僕と豆苗が対峙した時「あ〜の日、あ〜の時、あ〜の場所で、君に会えなかったら〜」と、脳内で小田和正の「ラブストーリーは突然に」が流れた。もやしの事など忘れて、1パック100円の豆苗を掴みレジに並んでいた。

 

 

 

なぜ今まで思い浮かばなかったのだろう。現状を打開する唯一のアンサーは豆苗なんだ。名前に豆と書いてあるから絶対に栄養が良い。炒め物にも相性が良い。そして何より、カットした根元をもう一度水に浸けておくと、新たに豆苗がにょきにょき生えてくるのだ!無限豆苗である。無料で食べ物を提供してくれる生き物。その点で、豆苗はニワトリとほぼ変わりない。豆苗をペットにすると決めた。

 

 

お金と恋人を求めていた男が回り回って辿り着いた所は豆苗である。何か違う気がする?いや、人生ってのは往々にしてそういう事だ。理想を追い求めて回り回って、辿り着いた所を「見方によっちゃ理想だよな」と自分に言い聞かせるものなのだ。

 

 

早速、買ってきた豆苗を炒めて食べ、根元を水に浸した。ワクワクしていた。パックには10日くらいで成長すると書いていた。そうだ、ペットにするなら名前を用意しなくては。何本、いや何匹か。植物をペットとして扱った事がないから数え方が分からないが、何匹と数えることにしよう。大体100匹くらいはいそうだ。豆苗太郎、豆苗二郎、豆苗三郎、豆苗四郎、豆苗五郎、豆苗マイケル、豆苗ポール、豆苗ジョン、豆苗ジョージ、豆苗シェリー、豆苗アン、豆苗右衛門、豆苗ミランダ、豆苗〜ん、豆苗早苗、豆苗アンダーソン、豆苗マン、豆苗ティガ、豆苗ダイナ、豆苗ガイア、豆苗ジードロイヤルメガマスター、豆苗オーブハリケーンスラッシュ、豆苗・キホーテ、豆苗の空、豆苗イズマイファーザー、豆みょ…いやキリがない。纏めて豆苗ズだ。植物とはいえペットの名前を複数形にするのもなんだが、仕方がない。豆苗ズだ。

 

 

毎日一回、水を換えてやる。それが僕らのコミュニケーションだ。水を換える時、心なしか豆苗ズが「お腹が減ったよぉ〜、新しい水をくれよ〜」と言っているように聞こえなくもない。心の繋がりを感じた。豆苗ズは日を追うごとに成長した。だが、彼らにとって成長とは、自らの死へのカウントダウンでもある。豆苗ズが買ってきた時と同じ高さになった日。僕は、豆苗ズを食べることを決心した。僕は心が痛んだ。植物とはいえ、愛着を持って育てたペットなんだ。ハサミを持つ手が震えた。けれどそんな僕の背中を押してくれたのは、豆苗ズだった。確かに聞こえた。…聞こえた気がした。豆苗ズの「僕達はご主人様の身体の一部となって、生き続けるんだ。今まで育ててくれてありがとう。今度は僕達がアナタを育てる番だよ」という声を…。

 

 

僕は豆苗ズと実家に帰った時に貰ったものの使いあぐねていたイカの缶詰で和風あんかけパスタを作った。

 

 

 

命に感謝。この言葉に尽きる。わずか10日ほどの付き合いだったけれど、僕は豆苗ズを忘れない。ありがとう、豆苗ズ。君の命を、いただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、まッず!何これ、クッサ!豆臭?クッサ!!コレ全部食べるんツレぇ〜!