大を小で流す。

往往にして、大は小で流します。

悪知恵 料理教室 珍道中

 

 

友人Yは僕に言った。

「料理教室の体験行かへん?」

「ええよ」

僕は料理教室に通う気なんて無かったし、そもそもお金が無いから通いたくても通えない状況なのだけれど、お金が無いから自炊しているし、体験でもちょっとした料理のコツくらい-ーたとえば野菜の切り方とか、調味料のタイミングとかーー掴めたらラッキーで、それと安い食材の顔ぶれは殆ど同じで、だから、日々、その安い、代わり映えしない食材達を炒めて、調味料の力で和風にしたり洋風にしたり中華風にしたりインド風にしたりする食事にちょうど飽き飽きしていたから、そしてまぁ基本的に誘われたら行くっていうのをモットーにしているから、体験に行くことにした。

 

 

一人暮らしを始めたと同時に、初めが肝心、と意気込んで、自炊も始めた。人はみな、新しく買ったノートの最初の数ページは丁寧に字を書くように、自炊を始めて数日は無駄に凝った料理をするもので、僕も例に漏れず、レタスを豚バラで巻いてみたり、ピーマンに肉を詰めてみたり、具沢山のお味噌汁を作ってみたりしていた。でもそんな鼻息の荒い料理を毎日作っていると気付くのである、割りに合わんと。時間が掛かって仕方ないし、洗い物が増えて煩わしいし、めんどくさい。一人暮らしでお金が無い男の実生活が、一つまた一つと非合理性を矯正させ、一汁三菜は見事に一菜のみとなり、その一菜の食材も安い肉と安い野菜を炒めただけのヤツになった。

 

 

お米に関しては、バイト時代の後輩Nさんのお爺さん、いやご祖父様がお米農家らしく、「お米欲しかったら言うてくださいね」というN様の言葉を真に受けて、厚かましくも、お米を無料で頂いたので、毎日、白米がたらふく食べられるだけで幸せだよ、と時代錯誤な感想を抱きながら満足している。

 

 

毎日お腹いっぱい食べられているから、この上ないけれど、やっぱり欲を言えば、たまには違った趣向のオカズが良い。今回の料理教室体験で、何かヒントでも掴んで帰りたい。そう思っていたら、Yからラインが入って、みてみると、

 

 

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「はじめてのじゃがバタ・ブレッド予約しといたで」

 

 

じゃがバタ・ブレッド!?パン作り!?

 

まさかパン作りとは思っていなかった。じゃがバタ・ブレッドを作る過程に、一人暮らしでお金が無い男が自炊する時のヒントはない思い、僕は正直に返した。

 

「もっと役立つ料理が良かった」

 

 

「体験やから選べる料理限られてるねん」

Yは真顔でこう送って来たけれど、限られてるにしても、じゃがバタ・ブレッドはさすがに最初で最後が過ぎるから考えなおしてもらった。僕が求めているのは、料理のいろはであってちりぬるをではない。煮物の基本とか、そういうのが欲しい。数時間後、Yは再びラインを送ってきた。

 

 

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 「<はじめての方限定>ふわふわティラミスケーキに変更しといたで」

 

 

ふわふわティラミスケーキ!?ティラミス!?変更しといたでやなしに、グーやなしに。もっと役立つ料理が良いとちゃんと伝えたはずだ。パンがダメならケーキはもっとダメだということは火を見るよりも明らかである。ラインがバグって、もっと甘いやつが良いに変換されたとしか思えない。

 

 

こんなところでボケは要らないゾとYにビシッと言ってやろうかと息巻いていると、彼はただボケの為に選んだのじゃなくて、正当な理由があると言ってきた。聞いてやろうじゃないかと、体験の僅かな時間で少しでも今後の為になることを学ぼうとしているこの僕を、論破できるものならやってみろと。

 

 

 

 

Y「そもそも一回くらい体験したところで料理が上手くなるわけじゃない。目的はそこじゃないねん。一緒に体験した女の子と仲良くなるのが目的やねん」

 

僕「ふわふわティラミスケーキにしよ。ふわふわティラミスケーキが良い」

 

 

一瞬の出来事だった。気持ちの良い論破だった。目からティラミス。その発想は、なかった。僕とYの下心はガッチリと、それはもう熱い熱い握手を交わした。正当な理由かと問われると閉口するが、この際、それが正当な理由かそうじゃないかなんて、関係ない。

 

 

「『社会人 出会い』で検索したら上から4つ目くらいに料理教室って出てきて、なるほど!て思って」ニヤニヤと語るYは、既に別の料理教室に一人で乗り込み、パン作りを体験済みだった。コイツただ者ではない、と思ったが、考えてみると、料理という共通目的があって距離が縮まりやすいだろうし、料理上手になろうと思って行動に移した女性と出会える、誰かの為にティラミスを作っちゃうような可愛らしい、未来の料理上手を青田買いできるのだ、なるほど、悪くない。

 

 

舞台は[ABC cooking studio]。Y曰く、全国に教室を持つ最大手の料理教室で、その生徒数・若い女性の割合も他の追随を許さないらしい。若い女性と出会うならABCで間違いないゼと鼻高々なYのこの前のめりな姿勢に、僕は感謝しかなかった。当日、2人は意気揚々と教室に向かう。

 

 

教室に入ると、そこは想像以上に女の園であった。エプロン姿の様々な女性が炒めたり、煮たり、パン生地をこねたり。清潔で開放的なキッチンスタジオ、暖色の照明、何より真剣に料理に取り組む眼差しや姿勢が、彼女たちをより美しく演出していた。この中のどなたと一緒にティラミス体験する事になるんだろう…

「俺がボウルを抑えておくから、キミは思いっきり混ぜなッ キラッ」

「おいおい、ほっぺにクリームが付いてるじゃないか、ほらッ キラリンッ」

「さっすが女の子、トッピングちょー上手いじゃんッ キラッ」

シミュレーションは完璧、人の皮を被せた下心が、今か今かとその時を待つ。

 

 

 

「本日担当させていただきます、Mです、どうぞこちらへ」

担当のお姉さんに案内されキッチンに立つと、アレレ、材料がどう見ても2人分しか用意されていない。

「では早速、始めていきましょうか!」

早速始まっちゃうの?男2人で?ティラミス体験が?

「このボウルに卵を3つ割ってくださいね〜」

確実に始まっちゃってる、男2人のティラミス体験が。グループでの体験じゃなかった。僕らの夢は早々に、ものの見事に打ち砕かれた。

 

「今回は何で体験に来てくれたんですか?」

 

「……」

少しの間が空いて、

Y「あの、2人とも一人暮らししてて、料理上手になったら良いなぁって」

 

「そうなんですね!…あれ、でも今日は料理じゃなくてケーキなんですか?」

 

絵に描いたようなギクッが心臓から聞こえた。言えないよ、ケーキの方が若くて可愛い女の子と出会えるかなと思って、なんて言えないよ…

 

Y「…あの、料理教室イロイロ回ってて、この前はパン作りを体験したし、まぁ単純にケーキ作ってみたいなって言うのもあって…」

 

「なるほど〜、最近は結構 男性同士で受けてる人も多いんですよ〜」

 

セ、セーフ?それにしても侮れぬお姉さんだ。愛想良く話を回しながらしっかり営業トークも挟んでくる。

 

「あと、出会いにもなりますしね。あ、ココで出会って結婚した方もいらっしゃるんですよ!」

 

お姉さん、さっきからなんか鋭くないですか、もしかして僕達の下心が見透かされている?見透かした上で、可愛い女の子と出会いたいなら体験じゃなくて、ちゃんとお金払って通わんかい、と釘を刺してきている?僕らは察されまいと、ティラミス作りを楽しみながら、お姉さんを意識していつもより多めにボケたりツッコんだりしていた。あんまりウケることはなかった。お姉さんの指示に従っていると、アレよアレよとティラミスが出来上がった。

 

 

 

完成したティラミスを持ち帰って食べた。何だかヤケにクリームの酸味が強かった。